ぶつぶつ・・・。 第14話 ウスタイベ岬(千畳岩)
ジャンルわけなんてできないですね。「ぶつぶつ」ですから・・・。
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No,1444

第14話 ウスタイベ岬(千畳岩)

ウスタイベ岬 撮影場所~ウスタイベ千畳岩キャンプ場
20090805031.jpg
 こちら、『ウスタイベ岬』としてより『千畳岩』としての方が有名であるらしい。この辺りに『ウスタイベ岬』という表示の看板はなかったが、地図によれば一応ここも岬のようである。
 音標岬からウスタイベ岬に向かう途中、道の駅『マリーンランド岡島』があった。プレートコレクターの同僚はココから北の物は持っていない。早速購入。ここ枝幸町は平成18年3月20日に旧宗谷、旧枝幸郡枝幸町、歌登町の3つが合併した町なのだが
esashicho.jpg
 みなさん、覚えておいででしょうか。8月9日にアップした第1話で私が語った
「あることに気がついていれば・・・。」
とはこのことである。そう、つまり合併によって市町村が新しくなっていても、こうして古いカントリーサインがきちんと売られているのである。ここにあるということは、旧女満別町で現大空町であるあの道の駅にも女満別町だったころのカントリーサインが売られていたはずなのだ。それを『ここは大空町』としか頭になかった私は、恐らくそのすぐ横に売られていたはずの女満別町のカントリーサインに気付かなかったのだ。あのとき気付いていれば、ココまで来る間にすっ飛ばしてきた道の駅全てに寄って、私自身も集めていたはずなのに・・・・・。しかしもう後戻りは出来ない。仕方がない。自分の分のカントリーサイン収集はまたの機会にすることとして諦めた。

20090805031.jpg
音標岬から北に35km。ウスタイベ岬へとやってきた。到着時間は午前11時30分。事前の下調べではココへ着くのは午後1時5分だったのだが、高速道路並の北海道の国道であることと、道の駅で昼食をとるはずだったがろくなものが無いのでお昼抜きにした結果、1時間半も早く着いてしまった。
20090805032.jpg
 しかしいつも感心させられることなのだが、昔の人は想像力に長けている。この風景を見て『畳千枚』と表現したのだから。私だったら『ゾウのウンコ』とか、そう言う表現になっていたであろう。ここも海抜が低く、ちょっと横から岬として撮影するのには無理があった。仕方がないので岬上部から海に向かっての風景でも。
20090805033.jpg
20090805034.jpg
 二人の人間が写り込んでいるのがおわかりだろうか。右に向かって先頭を歩くのがお父さん。後ろから着いてくる白い服を着たのがお母さんである。写真には写っていないのだが、実はまだ後ろの岩陰には子どもがいて、こんな会話のやりとりがあった。
20090805032
20090805033
20090805034
 こんな岩場でとれる小型のカニには興味の無かったお母さんも、ウニには反応した様子。でもね?たぶん捕ったら密漁ですよ。

 予定よりも1時間半も時間をもてあましたこの時。近くにある『北緯45度国際広場』というところに行ってみた。
20090805035.jpg
入ってみた
20090805036.jpg
ただの広場だった。しかし、『国際記念』というのだから、ここで昔何かがあった記念だと思うのだが・・・・・実はさっきからこれを書くのと平行して国際記念広場について調べているのだが、何の記念なのか書かれたページがなかなか見つからない。見つかるのは
「ただの空き地で何もなかった・・・。」
というミツバチ族・・・・・あれ?今こう呼ばなかったっけ?とにかく道内を走り回っているライダーの記述ばかり。だいたい枝幸町役場のHPにも観光センターみたいなところのHPでもふれられていない。もうちょっと調べてみるか・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・
20分ほど探したが結局見つからない。なので直接枝幸町役場のHPにメールで問い合わせた。紋別のように無視されるかも知れないが、わかったら報告しますよ(´ー`)


~わかりました~
 8月11日のお昼前にこの記事を書き上げ、早速枝幸町役場に問い合わせてみたところ、午後2時にはお返事が♪HPを真面目に運営しているところはさすがに違いますねぇ。
 で、その回答の方なんですが、『北緯45°国際記念広場』ではなく、正式名称は『北緯45°国際広場』だそうです。なので別に何も記念してはおりませんって。ただ北緯45°に位置しているということと、ここを作った当時(ということは今は違うのかな?)、枝幸町がスウェーデンのソレフテオ市と交流を持っていたことから名付けられたのではないかとの回答を頂きました。でも、名称決定に至までの詳細を記録したものがないらしく、あくまで憶測ということです。
【2009/08/22 05:37】 岬巡りの旅 オホーツク海沿岸編 | トラックバック(0) |
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