ぶつぶつ・・・。 第17話 ちょっと寄り道 猿払村
ジャンルわけなんてできないですね。「ぶつぶつ」ですから・・・。
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No,1447

第17話 ちょっと寄り道 猿払村

20090805052.jpg
 前記事でもお出ししたこの写真。まだまだ宗谷岬ではありません。枝幸町の北、猿払村の手前にある浜頓別町付近です。ブログ用にサイズを縮小したために見えづらくなっておりますが、この時海岸沿いにあるものを発見。ズーム!
20090805053.jpg
風車です。今回の旅の途中にある苫前町ってのが風車で有名なのですが、その前に見つけちゃったので立ち寄ってみることに。
 風車のすぐそばまで来てみると国道の右(東)側に海、左(西)側前方に風車が5基。でもその手前に電線がずーと走ってて写真に撮るには見た目が悪い。どんどん風車に近づいていくと、たぶん工事用の車両の出入り口だと思うんだけど歩道が低くなってて風車が建っている土地の方に車が入っていける場所を発見。
20090805054.jpg
この画像の左側からさらに風車の近くまで道(のようなもの)が続いていたので真下まで行ってみました。
20090805055.jpg
 大きいですね・・・・・って、比較する物がないからわからないか。真下に来たというのにとっても静かであることにビックリ。この旅初の「動画」におさめてみました。でも、真下だったからカメラを横にしちゃって・・・、それに記録媒体の空き容量が心配だったのでほんのちょびっとだけね。え~と、動画を載せるのはどうするんだったっけかな?
 あらら、ワイド画面で設定したら表示画面が崩れちゃったのでやり直し。

 あらららら、まただ。じゃ、ちっちゃいのにするか・・・。


 たぶんこれで大丈夫でしょう。

 ね?静かでしょう?ゴワンゴワンいってるのは風の音ではなく風車の音なんですが、もっとウィ~ンとかグォォォォとか音がしているものだと思っていましたよ。

 北見神威岬公園あたりからの到着時間をメモし忘れて詳細は定かではないのですが、神威岬公園に到着したのが12:10。そこから目梨泊岬と北見神威岬、ついでにトイレも撮影してから神威岬先端へ行き、途中この風車にも立ち寄りながら、46kmほど移動して道の駅『さるふつ公園』に到着したのが13:10でした。
saruhutsu.jpg
 また道の駅の写真は撮らなかったのでおみやげに買ったカントリーサインのマグネットプレートです。これで10枚。2500円ですね。
 ところでこのデザインに使用されているオブジェは何なのかと申しますと
20090805056.jpg
インディギルカ号遭難者慰霊碑です。実物はコチラ。
20090805057.jpg
 ところでこの『インディギルカ号遭難』.。現地にもそれについての解説が書かれていましたが、事前に私が学習した内容とはちょっと違ってました。というのも、事故が起きたのは1939年12月であり船籍はソビエト社会主義共和国連邦。この碑が建てられたのが1971年。ソ連と言えば政治犯だの思想犯だのに対してやっていたことはナチスドイツとほぼ同じ(と言うかナチスが真似たのかな?まぁ、戦中は日本も同じもしくはそれ以上のことやってるんですけどね)。何のための船だったのか、乗組員は何人だったのかなど、その詳細が明らかになったのはソ連崩壊後の1991年のこと。つまり事故当時、ソ連は詳細を隠したでしょうし、この碑が建てられたときにもまだ、真実は明かされていなかったのですよ。
 以下は事前に私が学習していた内容で、90年だったか91年だったかにソ連が崩壊してからわかったインディギルカ号遭難の事実(らしい)お話しです。ただし、公式発表ばかりではなく、当時そこへ居合わせたらしき人々の談話らしき(『らしき』多すぎ?)ものも全て読み合わせた上での私なりの解釈です。
1939年12月12日未明、シベリアのマガダンからウラジオストクを目指していたインディギルカ号は、猿払村沿岸の浅瀬にあるトド岩に乗り上げ座礁。例年であれば秋口に航行していたのだがこの1939年は予定が遅れて12月の航海。そもそもが無謀な航海であった。
 いつもこの同号は、宗谷海峡中間にある二丈岩にある灯台の明かりを目印に、その南側を回ることでカラフトと宗谷岬の間を抜けてウラジオストクを目指していたのだがこの時、間違って目印にしてしまったのは宗谷岬の灯台。その結果宗谷岬の南側、つまり猿払村めがけて船を突っ込ませてしまったのである。座礁後すぐに船長のニコライ・ラプシーンは2隻のボートに計19名の乗組員を乗り込ませ、猿払村の浜へと救援を頼むために向かわせたのだが、1隻は転覆して8名が死亡、もう1隻にも高波が襲って5名が波にさらわれた。最終的に浜へたどり着いたのは7名だったという。
 当時、日本とソ連の関係はいわば敵国。にもかかわらず猿払村の漁師さん達は目前で死にかけている敵国民のために、自らの命を危険にさらしながら風速20mの暴風雪の中、冬のオホーツク海へと救助に向かいました。しかし相手は千人以上乗せた船。しかも天候は大荒れ&真夜中。漁村の船ではどうにも対応しがたく、ソ連との関係をこれまで以上に悪化させたくなかったお国の事情も重なりまして、日本政府の要請が出された稚内方面から救援の船が続々と到着。座礁から丸一日経った13日午前3時、救助活動が再開される。実はこれらの船の中には当時の陸軍の船もあって、宗谷岬他数カ所に砲台を設置するという極秘任務を受けていた軍人達も救助に向かっていた。宗谷岬に砲台を作るのだから当然その矛先はソ連。軍人達は民間人の服に着替えて自分たちが軍人であることを悟られないように救助活動を行ったらしい。
 ラプシーン船長の『生存者は私が最後だ』という言葉で救援活動は終了。13日午後10時までに女性35人、子ども22人を含む395名が救出された。14日の小樽新聞の朝刊でラプシーン船長は『子どもは全員助かった』の述べているが、この時までに浜に打ち上げられた400人の遺体の中には子どもの遺体も多数含まれていたという。
 この後、猿払の浜に打ち上げられた遺体の数は、14日午後2時までには420人となったが、翌15日朝、漂着死体収容作業員が座礁したインディギルカ号の船上にいないはずの生存者の存在を確認。船長の話ではもういないはずであったのだが同日午後4時、まだ生存者が存在することは間違いないと断定。16日朝に再度救助に向かった。この出動で28人の救出に成功したが後に一人死亡。生存者は27名増え、この事故で生き残ったのは最終的に、最初の7名、そして395名、最後の27名、合計429人となった。なお、最後の救出活動の際、船内には子どもを含めた70名ほどの凍死者を確認している。
 生存者429名は23日、小樽からソ連へと出向したイリッチ号で帰国しているが、救助された乗客の一人が『ソ連に帰れば多分死刑にされる』と話しているのを救助員が聞いている。
 この後のソ連側の発表ではこの船の乗客は1100名ほど。みな水産加工労働者とその家族。船体の引き取りはしない。遺体の回収もしないとのことだったのだが座礁から半世紀が経った1991年、ソ連崩壊後に公開された公文書で真実が明るみに出ることとなる。
 インディルカ号のこの時の乗員は全部で1500人あまり。そのほとんどは政治犯もしくは思想犯とその家族で、シベリア地方に点在していた強制労働所からの送還者であった。送還されても命の保証はない。座礁というラッキーな出来事に見舞われた囚人達は次々に脱走を試みるが、同船していた護送兵に次々と射殺される。そんな中での救出劇であったのだ。
 なんともおっぺけぺぇな航海をしてソ連の極秘情報を日本に漏らしかけたラプシーン船長。座礁は日本の策略だと主張したようだがさすがのソ連もその話は受け入れず。帰国後、銃殺刑に処されたようだ。

 とまぁ、こんな感じですよ。怖いですねぇ。ホント、平和(ボケ)した日本に生まれて良かったですよねぇ。だから自分が貰えるかどうかわからないから国民年金払わないとか身勝手なこと言ってないで、ご苦労された老人達のために、みんな年金、払ってね。どうせ無駄遣いしちゃうんでしょう?
20090805058.jpg
 この公園には他にもこんなものがありました。『ほたて化石群』ですって。
「(°〇°;) 大っきなホタテぇ~!?」
「(;´д` ) チガウチガウ。」
20090805059.jpg
 ところどころに扇状に広がる線があるでしょう?『群』だから。これで一個のホタテじゃなくて、ホタテの化石の『群』です。
20090805060.jpg
 なんだかよくわからないオブジェもありましたけど、ホンマモンは慰霊碑と『群』だけかな?最後のは明らかに最近建てられた『おまけ』みたいなもんです。
 さてさて、私が歴史を習った35年前には知られざる内容だった『歴史の一端が紐解けた』、そんな猿払村でしたが、急いで日本最北端の地へ向かうことにしますよ。
【2009/08/25 05:20】 岬巡りの旅 オホーツク海沿岸編 | トラックバック(0) |
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