ぶつぶつ・・・。 第18話 日本最北端 宗谷岬
ジャンルわけなんてできないですね。「ぶつぶつ」ですから・・・。
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No,1448

第18話 日本最北端 宗谷岬

宗谷岬 撮影場所~宗谷岬(岬そのものの姿は確認できませんでした)
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 ただいま。いやぁ~な感じの帰省から帰ってきた16日午前5時45分のKtaroです。
 この岬巡りの旅行は4泊5日。宗谷岬へ行ったのは2日目の午後。今回台18話。いったいいつまで続くのか心配でしょうが、やる気があったのは最初の方だけで、旅行後半は行程を欲張ったために最終的に岬をすっ飛ばして移動しているので、たぶん30話あたりで終わるんじゃぁないかと・・・。
 さて、道の駅『さるふつ公園』を出発したのは8月5日13:35。予定では15:35でしたがお昼御飯の時間が大幅に短縮されたのと高速移動のために2時間も『巻き』で進行しております。
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 今回の旅の予定の中には、西側の沿岸にある苫前というところに大風車群があるということで、そこの景色はさぞかし素晴らしかろうと思っていたのですが、風車の数ではコチラの方が多いんじゃないかな?数えたら60基ぐらいありましたもの。この景色は猿払村から宗谷岬へ行く途中、道は一旦海岸の離れて宗谷丘陵と呼ばれる丘の上を走るのですが、そこで道から西側に臨めた風景です。風車の写真2枚目の右側に、山頂に建つお城みたいなのが確認できたのでズームしてみました。
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 お城ではなく観測所かなんかですねぇ。

 さるふつ公園からおよそ31km。到着は25分後の14:00。宗谷岬も横から撮影したかったのですが、ここは高台ではなく横からの風景は撮れませんでした。
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 日本最北端というだけあって、コレまでの岬と違って観光客がたくさんいました。みんなこのオブジェに乗っかって記念撮影しておりまして、まぁ、ほとんどが中国人でしたが、それでも待つこと数分。一瞬誰もいなくなったので撮影できましたよ。あんだけ人がいるのに、待ってみればなんとかなるものなんですねぇ。というのも、私がカメラをかまえてずっと待っていることを知っている日本人は、私が撮影するまでここに登るのを控えてくれてたみたい。私の後ろにいくつかの団体が控えてくれてましたもの。順番とか関係なくどんどん私のフレームに入り込んでくるのは全部中国人。その団体がバスに乗り込んでいなくなったので撮影できました。いやはや、国民性の違いってやつですねぇ。しかし、なんで中国人ってあんなに声が大きいんだろう?
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 こうしてみると、サハリンは近いですねぇ。残念ながら見えませんでしたが。
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 逆光で顔が全然わかりませんが、小学校の歴史の授業で習った間宮林蔵。確か間宮海峡ってどっかにありましたよねぇ?間宮林蔵が地つながりではないことを発見した場所。どの辺でしたっけ?
 あ、今調べてみたらこのサハリン、ユーラシア大陸とつながってないのですね。その隙間が間宮海峡のようです。
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 コレ、宗谷岬の先端から海を見たらあった岩。名前、あるのかな?あ、平島が弁天島ですね。距離からいってたぶん平島。あんまり平たくないなぁ。
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 宗谷岬をぐるりと回る国道の、海側と丘陵側にそれぞれ駐車場がありまして、灯台は丘陵の上に建ておりました。車を丘陵側の駐車場に移動させて、一応上の方まで舗装道路があるようなのですが、中央に白線もないし、車で行っちゃいけないのかな?なんて思って徒歩で上がっていきました。結構急な階段で40段ぐらいあったかな?
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 上がってみるとかなり老朽化した天文台のようなものを発見。
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 どうやら100年以上も昔のもののようですね。みんなが上がっているので安全を確認。私も登ってみることにしましたよ。
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 こうしてみると結構高台にあるでしょう?画面左下にある、カーブを描いて手前に延びる舗装道路。これがさっき私が『車であがっちゃダメなのかな?』って思った道路。道路は蛇行しながらこの高台の上まで延びており、その途中にまっすぐ上がってこられる40段ほどの階段があります。階段っていったって土を削って丸太で区切ったやつね。上まで上がってみてわかりましたが、この舗装道路は車で上って来てOKです。上には駐車場もありました。
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 展望台に上がる前に見たこの看板では、サハリンまで43kmだというので見えないかなぁって沖合を写してみましたが
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見えませんでした。この日泊まった宿の女将に聞いてみたら、見える方が珍しいんですって。
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 この螺旋階段、いつまでもつでしょうね。私が降りるとき他の人が先に降りていったんですが、念には念を入れてその人が降りきるまでこの階段に足をかけませんでした。だってホント、怪しいんだもの。
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 この展望台の横にはこんなものも。左にある石碑のオレンジのところには
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 こんなものがありました。宗谷岬沖には何百、何千の兵隊さんが眠っているようなんですが、それらのこと・・・・・だけではないようですね。沈没した場所が男鹿半島のやつとかも出てるし。ここには書かれていませんが、終戦した昭和20年8月15日以降も、結構ソ連の潜水艦によって撃沈された船もあるようです。たぶん、あれですかね。樺太(現サハリン)から逃げ帰る途中の船。逃げ切れずに樺太に抑留された人々は、先のインディギルカ号の政治犯達同様、強制労働させられていたらしいですからねぇ。その後解放されて日本に戻れた人の中には、医者も手が施せないほど栄養失調になってて数日後に亡くなった方とかもいるとかで、やはり戦争に負けるってのは大変なことですよ。
 もしも第2次大戦で日本が負けていなかったら、いつ負けていたと思います?こんなちっこい国が勝ち続けるとは考えられませんから、どこかで負けていたでしょう。樺太に抑留されていたのは私だったかも知れません。私はアメリカはあまり好きになれないのですが、日中戦争や日露戦争で敗戦するよりも第2次大戦で負けたことは、既に軍国主義が突き進んでいていつかは必ず敗戦する日本にとって一番良いときに負けたんじゃないかな。戦争放棄したはずの日本ですが、最近また動きが怪しいでしょう?実際に戦争に参加した80過ぎの人々のほとんどが、もう戦争は懲り懲りって言ってますが、経験していない、あるいはまさ幼くて戦争には参加していなかったぐらいの年代の某知事や某政党の方々の発想はやはり、『攻められたらどう守るんだ?』ですものね。以前、学級でお話ししたことがあるのですが、私の発想では攻められたら攻め返して守るってのは無いですね。戦争を放棄した以上は攻められたら滅べばいい。他人に与えた苦痛を背負って罪の意識に苛まれながら生き続けるよりも、負けて死んじゃった方が気が楽だと思います。まぁ、私には守るべき家族がいないからの発想でしょうけどね。
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 丘の上には他にもこんなのが建ってましたが、なんでしょうねぇ?興味なかったので近寄りませんでした。
 
 宗谷岬も堪能したことだし次に向かうことに。さっき上がってきた階段を下りながら、景色も良いことだし深呼吸でもしてみようって、大きく鼻から息を吸ったら、どんな香りがしたと思います?
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カレーの臭いがしましたよ(; ̄Д ̄)
【2009/08/26 05:41】 岬巡りの旅 宗谷海峡沿岸編 | トラックバック(0) |
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