ぶつぶつ・・・。 第40話 千と千尋の神隠し
ジャンルわけなんてできないですね。「ぶつぶつ」ですから・・・。
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No,1478

第40話 千と千尋の神隠し

 え?題名?間違っていませんよ。今回行けなかった場所ではあるのですが、実は宮崎さん、本当はこっちからパクッたのかなぁってね。
20090807095.jpg
 これは前々回の高島岬から見えた高級ホテルのすぐそば。追分記念碑であります。何の記念碑なのか・・・・・・・・・わかりません。
 この眼下には高島岬からずーっと西側に2kmほど赤岩自然探勝路なるものが続いているようなのですが、ただでさえ時間がない今回はパス。ちょっと下の方を覗いてみると
20090807097.jpg
 これがトド岩ですって。言われてみればトドに見えないこともないけど、それ以前に昔の人はどうして岩に名前を付けようって発想になったんでしょうねぇ。ホヤ岩だのローソク岩だの色々ありますよね。
20090807096.jpg
 これは高島岬の方を写した写真。同じ時間に撮ったんですがコチラは随分と暗いですねぇ。もう少し日が当たっていれば青と緑のコントラストも綺麗だったでしょうに。でも、さっきの赤岩なんとか路ってのはどの辺の事を言ってるのかな?スタートは高島岬なんですが、途中に小樽水族館ありますからねぇ。
20090807098.jpg
 これは西側。ね?歩けそうな道なんてないじゃないですか。それとも時々海に入りながら散策・・・・・なわけないですね。
20090807099.jpg
 ところでこの白いというか黄色いというか、あれは何?この辺、火山でもあるのかしら?

 さて、実はココより西にはかつて一大観光地が存在しました。
otamoi0008.jpg
 現在立っているのは『祝津』と書かれた上のあたり。そこから西側へ行ったところの『オタモイ』。ここに今で言う遊園地があったようです。もうちょっと拡大してみましょう。
otamoi0009.jpg
ご覧の通り、今でも途中までしか道がありません。クネクネ曲がった道の先に駐車場があり、そこから徒歩で海岸線出て、『オタモイ地蔵』と書かれたところまで断崖絶壁の途中に設けられた500mほどの遊歩道を歩くことになります。
otamoi0001.jpg
 画面左側、崖の中腹に唐門があるのがおわかりでしょうか?
otamoi0002_20090914061148.jpg
 門に続く遊歩道があるのが何となくわかりますね。昭和7年というのですから私の父が生まれる2年ほど前の話。小樽でお寿司屋さんを経営していた人が私財を投入してここに10万坪の土地を購入。今さっき見えた第1の門をくぐり抜けたところに竜宮閣という料亭を建てました。他にも様々な遊戯施設を建てて総工費は27万円ほどだったと言います。当時の貨幣価値は1円が1万円ほどですから、ざっと27億円ってことになりますね。私財で27億円・・・・・金持ちはいつの時代もいるものです。
otamoi0003.jpg
 この手すりはいつのものかわかりませんが、竜宮閣の西側にもまだまだ遊歩道は続き、
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最初の門を含めてこんな感じのトンネルが全部で3つ。突き当たりには子授け地蔵であるオタモイ地蔵があります。
オタモイ地蔵
 今から360年ほど前、積丹半島の先端の神威岬には非常に嫉妬深い女神がおりまして、沖合を船が通ると必ず激しい風と高波が襲い、船を沈めてしまうと信じられていました。そのためココより北側は女人禁制の地とされていたのですが、そのお触れが出て200年ほど経った1847年、越中高岡在の医師の一人娘が船底に身を潜めてこの岬を越えようとしました。親の反対で思いを寄せていた男性と引き離されていたのですが、子どもが宿っていることに気付き、忍路(小樽西部)にいる男性の元へ向かう決心をしたのです。しかし神威岬まで来るとそれまで晴れ渡っていた空が急に荒れ始め、激しい波が船を襲いました。船員達もなすすべもなく運を天に任せる状態を見て、娘は船底から姿を現し、「この嵐は禁を犯して乗り込んだ私のせいです。」と言って荒れ狂う波間に身を投げたのでした。すると海は見る見るうちに静まり嵐は去りました。船員達はすぐに娘を捜したのですが見つかりませんでした。後日、オタモイ海岸に一人の娘の水死体が流れ着きました。胸の膨らみからは白いものがにじみ出ており、これを見た漁師達は大変哀れに思い手厚く葬りました。この悲恋の物語を聞いた漁場の支配人が自分の故郷で御影石を地蔵尊を作らせ、オタモイにまつったのです。

 とまぁ、こんなお話し。
otamoi0005.jpg
 こちら竜宮閣です。釘は一本も使わず、清水寺を凌ぐとまで言われた建物。手前、オタモイ海岸は一大観光地として栄え
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 ご覧のように大変な賑わいを見せたようなのですが、完成から数年で太平洋戦争勃発。観光地巡りなどの贅沢は敬遠されて寂れていきました。
 敗戦後、世の中も落ち着いてきた昭和27年、再開が決まったのですが「明日からいよいよ再開!」という日に竜宮閣で火災が発生。場所が場所だけに消防車など来られるはずもなく消失。他の施設も岩の崩落などで次々に壊れていきました。その後、30年ほど経った昭和50年代後半まで残骸が残っていたそうですが、危険だと言うことで解体。現在ではスッキリ
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 竜宮閣の土台部分がわずかに残るだけです。見えている唐門は最初にお見せした門の反対側出口。千と千尋みたいでしょ?
 さて、全ては壊れてしまったオタモイ遊園地ですが、オタモイ地蔵はたいそう御利益があるそうで、子宝に恵まれない人々の訪問が後を絶たず、そこそこの賑わいを見せておりましたが、2006年4月に遊歩道で崖崩れが発生。2007年3月に調査を行った結果、復旧させるためには巨額の費用がかかることが判明。同年7月、財政難を抱える小樽市はこの遊歩道を永久閉鎖と決定いたしました。お地蔵さんは今も遊歩道の奥に放置されたまま。しかし、子授け地蔵になったのは後からの話で、もともとは好きな男性に思いを馳せてこの地にやって来たが願いが叶わず命を絶った娘さんをまつったもの。この方が静かに時を経られて良いのかもしれませんね。

 え?じゃぁ写真はどうしたのかって?・・・・・・・・・あちこち探し回ってパクってきました(^~^;)ゞ
【2009/09/17 04:02】 岬巡りの旅 日本海沿岸編 | トラックバック(0) |
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